前回の配信から約2週間となりました。
 元特許庁審査官:弁理士植村貴昭です。(行政書士もやっています)
 私は、著作権もそれなりにセミナーや講演の講師などもしております。
 その為、著作権の相談や契約書の作成を頼まれることがあります。
 その中で、困るのが、著作権を登録したいのですが。
 という依頼です。
 残念ながら、「私の著作者ですという登録をできる」制度はありません。
 昔、怪しい団体で登録できますということで
 お金を集めた団体があったそうですが、
 公的なものでもありません。
 重要なことは、特許・商標・意匠等の様に
 著作物は基本的に登録できる精度は日本に無いということなのです。
 この理由を考えてみると、
 まず、著作権は、無方式主義という制度を取らなければならないのです。
 条約のベルヌ条約というので決められているのです。
 ただ、この無方式主義は著作物の発生について特許等の様に、
 役所等への出願を必要としないというに過ぎません。
 そのため、登録を義務にしてはならないものの、
 著作者が登録したい場合に登録をする制度を作ってはならない
 ということではないはずです。
 その為、著作物を登録する制度は合ってもいいはずなのに、
 無いのです。
 文化庁も格好の利権のはずです。
 日本国内で、発生する著作物は、経済的価値が有る者だけでも、
 数百万件を超えるはずです。
 一件、1万円でも、数百億の利権になります。
 何でやらないのだろう!?
 うーん、調べてみたけど、
 見つからないなぁ。
 という時は、勝手に想像してみました。
 著作物というのは、人間のありとあらゆる活動に、
 ついて発生します。
 書類を作っている方であれば、ほぼその全てが著作物です。
 絵であれば、子供から大人まで落書きであっても著作物です。
 となると、年間日本中で発生する著作物は、
 数百億をくだらないと思われます。
 そのうち、登録されるのは、おそらく先ほどの数百万件程度です。
 となると、金の有る人だけが登録できるということになりそうです。
 しかも、登録していた場合と、
 そうでない場合とに制度的な差異
 =登録しておいた方が有利という制度を設けると、
 先ほどの、方式主義に反するということになります。
 制度的な利益はないという運用をしなければなりません。
 有名な画家、作家、作曲、批評家、大学教授家等であれば、
 そのような登録をしないでも、その人の作品であることを
 証明してくれる人はたくさんいます。
 そのような人にとっては、お金を払って、手続きをして登録をするなんて
 無駄で面倒だという風に思うはずです。
 むしろ、勝手に自分の作品が第三者に登録されてしまったらどうしよう、
 と思うと思います。
 それを訂正する手間の方がよっぽどめんどくさいと思うはずです。
 他方、それでも登録したいという人はいるでしょうか。
 そういう方は、
 トラブルを抱えている人とか、
 自己顕示欲が強い人とか、
 が登録する制度になってしまいます。
 となると、有名な画家、作家、作曲、批評家、大学教授家等が、
 このような制度に反対するはずです。
 文化庁は、これらの方々の反対を押し切って何かする力は、
 残念ながら内容なので、というわけで制度は作られていないというのが真相な気がします。
―― 読者の皆さんへ知財の専門家としてアドバイス ――
 著作物の発生を登録するという制度はありません。
 もし、その様な誘いがあれば、それは、詐欺の可能性が高いです。
 ただし、直接的な登録ではありませんが、
 裁判などで証明するために極めて有利になる方法があります。
 それは、公証役場で認証をもらう方法です。
―― その他 ――
 では、次回をお楽しみにしてください。
 著作物に関することはすべて登録できないかというと、
 そうではありません。
 登録できる物があります。
 次回は、登録できる著作物について記載しようと思います。
 また、今回も最後までお読み下さり、本当に有難うございます。
 月2回程度の配信を予定しており、購読いただく方に過度のご負担をかけないようにする予定です。
 あとあと、過去のこの私の投稿を見たい方は、
 弊所のHPに来ていただければ、読めます。
 「ポラリスIP」で検索すればあります。
―― 編集後記 ――
「椅子らしい]
 私のお腹は、椅子代わりとして使用されています。
 子供にです。
 上の子も、下の子も、二人とも私の部屋に来ると、
 まず、私の腹の上に座ります。
 重いです。
 あと、屈辱的です。
 たぶん、2人とも、
 まだまだ小さいながら、オスということで、
 より上に立ちたいという気持ちの表れなのだと勝手に解釈しています。
 ので
 このまま、にしておけないと、
 引きずり降ろして、逆にマウンティングします。
 我ながら、大人げないです。
 (子供とはいえ、なめられたくないだもん。)
 しかし、そうなると、必然的に、
 布団から起き上がることになります。
 結果、遊んでコールを無視できなくなってしまうのです。
 結果的に、いいようにされている。今日この頃です。