改正民法と危険負担

植村 貴昭
この内容を書いた専門家
元審査官・弁理士
行政書士(取次資格有)
登録支援機関代表
有料職業紹介許可有
               

改正民法と危険負担

通常、契約では当事者双方が相手方に対し債務を負っています。
身近な売買契約でいえば、売主は商品を引き渡す債務を、買主は商品の代金を支払う債務を負っています。

危険負担とは、契約当事者の一方の債務が履行できなくなりそれにつき債務者に帰責性が無い場合に、他方の債務を処理する際に用いられる考え方です。

例えば、車の売買契約を結んでいたところ、買主に車を引き渡す前に車が天変地異によって滅失してしまった場面をイメージしてみてください。

車が滅失した以上、売主(債務者)は車を買主(債権者)に引き渡すことができないため自分の債務を履行できず、天変地異の発生につき売主に帰責性はありません。
この場合に、買主の車の代金を支払うという債務はどう処理されるのか、というのが危険負担です。

危険負担と天変地異

民法の改正により、従来の危険負担のルールが変更されました。
改正民法に対応した契約書を用いていないと、思わぬ損害を被るおそれがあります。
法律の理解や契約書の記載が曖昧だと、“車は受け取れないのに代金は支払わなければならない”という事態に陥りかねません。

この記事では、危険負担に関する改正民法のポイントを示した後、改正民法に対応した契約書作成の方法を解説します。

旧民法と改正民法の違い

①債権者主義の削除

債権者主義とは、両当事者の帰責性なく片方の債務が履行不能になった場合でも他方の債務はなお履行する必要がある、という考え方です。

上記の車の売買契約の例でいえば、車が天変地異により滅失したことにより売主の車を引き渡す債務が履行不能になったにもかかわらず、買主は代金を支払わなければならない、ということになります。

債権者主義の反対の考え方は債務者主義です。債務者主義とは、目的物の滅失の危険を債務者(上の例でいえば売主)が負担する考え方です。

旧民法において、特定物に関しては債権者主義がとられていました。しかし、上の例のように、“商品はもらえないのに代金は支払わなければならない”ということになってしまい、これは取引実務にそぐわないということで、民法の改正により旧民法の債権者主義(旧民法534条、535条)は削除されました。

これにより、後述の目的物の引渡し前の段階では、債務者主義がとられることとなります(改正民法536条)

②危険の移転時期の明文化

旧民法において、危険がどの時点で相手方に移転するのかは規定されていませんでした。

改正民法においては、目的物の「引渡し」時点が危険の移転時期であると規定されました(改正民法567条1項)。

③危険負担の効果の変更

民法の改正により危険負担により負担する「危険」の内容も変わりました。
旧民法において「危険」とは相手方の債務の消滅を意味しており、危険負担の効果は片方の債務の消滅でした。

これに対し、改正民法においては、危険負担の効果は相手方の債務の履行を拒絶できる(履行拒絶権)こととなりました(改正民法536条1項)。これにより、危険負担が適用されても債務は存続しますので、債務を消滅させたい当事者は契約の解除をする必要があります。

契約書作成の方法

危険負担は、上記のように両当事者に帰責性が無いとき、いわば非常事態が発生したときの解決方法を定めるものですので、契約書の危険負担の規定は非常に重要です。

契約書に危険負担の規定を盛り込む際の注意点を以下に解説します。

なお、危険負担が機能する場面は債務の履行前の段階です。履行後、債務の内容が不十分であった場合は「解除」や「契約不適合責任」が機能します。

解除について:改正民法と解除
契約不適合責任について:改正民法と契約不適合責任

 
①「引渡し」時期を明確に記載する

改正民法では、危険の移転時期を「引渡し」時点であると規定しています。
これは取引実務に即した考え方ですので、とくに違和感なくイメージできます。
実際、過去にリーガルチェックをした契約書にも“商品の納入時点をもって危険が移転する”というような記載をよく見かけました。

改正民法にて移転時期が明文で規定されたとはいえ、「引渡し」とはいつか?という争いが発生する可能性はあります。

そこで、契約書には、“どの時点のどんな行為をもって「引渡し」とするのか”を具体的に記載する必要があります。単に「納入の時点をもって」や「検査完了時をもって」と記載するのではなく、「所定の納品場所への搬入をもって」や「検査合格証の交付をもって」などというように、具体的かつ明確な記載が求められます。

 
②反対債務の帰趨を明確に記載する

民法の改正により、危険負担の効果が履行拒絶権に変更されました。

そこで、これまで使用していた契約書に「引き渡し前は甲が危険を負担する」などという記載しかない場合、「危険」の内容が問題になります。「代金の支払いを拒絶することができる」というように、危険負担の効果を意識した具体的な記載が求められます。

まとめ

この記事では、危険負担について改正民法のポイントと契約書作成方法を解説しました。

民法の改正により、批判の多かった債権者主義が削除されましたので、非常識なことが起きてしまう可能性は減少しました。

とはいえ、危険負担のルールを決めることは、契約書締結の大きな目的の1つです。不測の損害を被らないよう、適切な条項を盛り込んだ契約書を作成しましょう。

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