日本製鉄株式会社がトヨタ自動車を特許権侵害で提訴した事件についての解説
植村 貴昭 この内容を書いた専門家 元審査官・弁理士 行政書士(取次資格有) 登録支援機関代表 有料職業紹介許可有 |
日本製鉄株式会社がトヨタ自動車を特許権侵害で提訴した事件についての解説
宝山鋼鉄股份有限公司製の鋼板の納入を受けて自動車を製造していたトヨタ自動車を、
日本製鉄株式会社が、宝山鋼鉄股份有限公司のみならずそれを使って自動車を製造していたユーザであるトヨタ自動車をも一緒に訴えたという事案です。
本件の解説(なぜトヨタも訴えられたのか?)
今回の特許権を侵害している製品(鋼板)を作ったのは、中国の宝山鋼鉄股份有限公司です。
そのため、製造者を特許権侵害として訴えられるのは、皆さん普通に理解できると思います。
他方、なぜ、それを適正に買って自動車を作っただけのトヨタ自動車が訴えられなければならないのか、皆さん不思議に思われませんか?
是非、不思議に思ってください(笑)
それを理解するには、まず特許法の2条3項を理解いただく必要があります。
第二条
3 この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。
一 物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡・・をする行為
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このように、特許法には生産だけでなく、
生産した物を「使用」等することも、特許の実施としております。
そして、特許法の68条では、
第六十八条 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。・・・ |
としております。
そのため、特許権者は生産者だけでなく、それを使用する者に対しても、
権利行使が可能なのです。
ここで、使用とは、部品を買ってきてそれを使ってほかの製品を作ることも使用に該当してしまうのです。
さらに、今一度、2条を見てもらうと、譲渡も実施に該当すると記載しております。
そのため、小売店・ECサイトなども訴える対象となってしまうのです。
そのため、特許権者は、ドン・キホーテ、アマゾン、楽天、Yahooなども訴えられることになります。
それを警戒して、これらの小売店では、権利侵害の申し立てがあると、すぐに対象商品を出品禁止にしてしまうという状況にあったりします。
(詳しくは、法律的観点:Amazon(アマゾン)・楽天等(ECサイト)への侵害申立とその対応策 )をご参照ください。
ちょっと話がそれましたが、というわけで、
特許権を侵害されているとされた日本製鉄株式会社が、トヨタ自動車株式会社を訴えるのは、
法律上ちゃんと根拠があるのです。
意味ない主張
トヨタ自動車における発表によると、トヨタ自動車としては、
様々な材料メーカーとの取引にあたり、その都度、特許抵触がないことを材料メーカーに確認するプロセスを丁寧に踏んでおります。 当該の宝山鋼鉄股份有限公司製の電磁鋼鈑につきましても、取引締結前に、他社の特許侵害がないことを確認の上、契約させて頂いております |
と主張しておりますが、ぶっちゃけ、だから!?です。
そんなことは、特許権者にとっては何の意味もないです。
侵害会社が保証したところで何も意味がありません。
どこでも、自社製品を売りたいあまり、当然、特許権侵害等は無いというのはごくごく普通です。
それを信用しましたからが通ったら、特許権は意味なくなってしまうのです。
ただ実はこの事例は多くないです
ただ、実は、日本のメーカー同士ではこのような事例は多くないです。
なぜかというと、訴えられたトヨタ自動車は、
訴えた日本製鉄株式会社の少なくともお客様候補なわけです。
正直、そのように過去に訴えてきた会社は当然、敵として認識される可能性が高いです。
その結果、今後、訴えた側は自社製品を買ってもらえなくなる可能性が極めて濃厚であるからです。
知財や製造部門が権利侵害で訴えましょうと言っても、
通常は、営業部門が止めてくれと言ってくることが普通です。
営業は当然一つでも多く売りたいですし、客候補は残しておきたいはずです。
ましてや、トヨタ自動車ともなれば、もし、お客さんになって製品を買ってくれるようになれば、
簡単に数百億円の取引になる可能性が高いので、できれば触れたくないと思うのが当然です。
ではなぜ訴えてきたのか?(推測)
では、なぜ訴えてきたのでしょうか。
ここからは、私の憶測です。
既に、日本製鉄株式会社はトヨタ自動車をお客様候補として見ていないということが予想されます。
ありそうなこととしては、
トヨタ自動車が、日本製鉄株式会社から過去買ってきた鋼板の業者を宝山鋼鉄股份有限公司に切り替えたのではないでしょうか。
それに伴い、事実か否かわかりませんが、トヨタ自動車は、
下請けの技術やアイディアを他の下請けに教えて、
同じ製品を作れるようにして、より安くした会社から買う
ということをしていると聞いたことがあります。
(ただし、あくまで、私が聞いたことがあるというだけで、それが本当のことなのかはわかりません。単に、それなのかなぁ?と思っただけで、何の根拠もありません。
そのような噂があったということだけは本当です)
これによって、日本製鉄株式会社はもはやトヨタ自動車とは決別して二度と鋼板を買ってもらえなくてもいい、
一矢報いたいと思ったのかなと、推測しております。
なお、DIAMONDの記事には、このように書かれております。
今後の推移
今後、この特許訴訟がどのようなるかはわかりません。
当然、無効審判も起こされると思います。
万一、宝山鋼鉄股份有限公司側(トヨタ自動車側)が負けた場合は、当然、差止(売ったものの回収もあり得ます。)になりますし、
トヨタ自動車はその損害賠償も支払わなければなりません。
なお、最後に宝山鋼鉄股份有限公司が負けた場合、トヨタ自動車側が損害が発生しますがその費用は、トヨタ自動車は宝山鋼鉄股份有限公司に求償することは可能です。
最後にまとめ
このように、実は、特許権を含む知的財産を有している時には、その競合メーカのみならず、
競合メーカの製品を使用している大きなメーカ、小売店などにもこのように訴訟が可能です。
そのため、特許権などは中小企業こそ大変大きな力になるものなのです。
特に、第34回 特許の活用 中小企業が大企業に勝つには
(↑真ん中あたりの赤字の部分を参照ください)
続報1(2021.11.01)
「長い協力関係にある中で、トップからトップへひと言あっていいのではないか」との記事が出ました。
個人的に思うのは、そんなんで、どうかなるようだったら、材料メーカが、
ユーザ企業を訴えるわけないでしょ。
正直、やむにやまれぬ事情だったのではないかと推測します。
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